管理人自己紹介
(鬱陶しかったら無視してください)

生まれ  昭和30年代前半田口線終点、三河田口に生まれる
育ち  愛知県設楽町で中学校まで育ち、愛知県内の高校、大学進学後設楽町に戻る、愛知大学法経学部経済学科卒
生業  有限会社東海マネージメント(人材マネジメント・人事評価制度・賃金制度・目標管理などのコンサルティング会社)代表  
 元産業能率大学総合研究所兼任講師
 当時ほとんどなかったSОHОを活用したテレワークセンター「企業組合テレコテージしたら」を立ち上げ、2代目組合長就任。しかし、それは随分昔のことで現在は単なる出資者の一人。当時この発想は斬新だったが、時代は変わりもう存在価値はなくなった
 当時は客先からデータを紙ベースでいただき、それを田舎のテレワークセンターで入力し、ADSLを使いを客先にデータで送っていた。当時は画期的な仕事ぶりだったと思う。ADSLすら先進的な時代であった
 コロナのおかげでテレワークが脚光を浴びたが、我々はもう25年以上前から実践していたのである。誰も知らないが日本で2例目のテレワークセンターであった。1例目は山形県の白鷹、このように当時先駆者であったのかもしれないが、それをどう活用するか、どうビジネスへ展開するかが分からず商機を逃してしまった。もう少し才覚があれば先駆者として展開が違っていたかもしれない
 いや、まあ、やはりここまでかな
田口線との関わり  小学校5年生の時に廃止されるまで、豊橋方面へ出かける際唯一の足だった。三河田口駅まで数分のバス、廃止の数年前から始発が清崎駅に変わり安沢(あんざ)の坂をくるくる回ってバスで清崎駅まで行ったなど数々の思い出が残っている。田口方面から行くと長原前はトンネルの出口すぐそこにあり、電車はトンネルの手前から減速して止まった。他の列車に多く乗ったわけではないが、このような駅は少ないだろう。新幹線の熱海駅も同じようなことが言えるが、スピードなどかなり趣が違う。三河大石駅のすぐ先にある巨大な石(岩)の横にあった踏切、三河大草駅にあった大きな桜の木などは忘れられない。保育園のころは豊橋の病院へ通っていたので、祖母と毎月一回は三河田口駅から田口線に乗っていた。座席のクッションはバネが直接お尻に効く感じの柔らかくフカフカで、いつも靴を脱ぎ窓を開けて外を見ていた(靴を履いて座席に立とうものなら祖母に厳しく叱られた、当たり前のことだが)。三河田口駅から田口線に乗るときはいつも進行方向に向かって右の席に座っていた。三河田口駅では進行方向の右に川があったからだ。この景色が好きだった
 鮎渕駅あたりを過ぎれば川を離れて山の中へ入ったり、高鉄橋を渡ったりして景色は色々変わるのだが、ここが私の定位置だ。田峯を過ぎ橋を渡るとすぐにとても短いトンネル(壊されて今はない)を過ぎ、一番長い稲目トンネルに入る。ここからはたいした景色ではないので普通に椅子に座っていた。とにかく田口線が大好きな子供であった
 田口線最大の特徴は匂い、床のオイルの匂いだ。これは田口線に乗った人しか知らない事実だ。数年前大井川鉄道の汽車に乗った時「田口線の匂いだ」と思わず心の中で叫んでしまった。大井川鉄道の床も同じようにオイルの匂いがしてとても懐かしかった。これが田口線の匂いなのだ。当時、田口線に乗った人だけが知る事実である。ただ、当時の列車は皆同じだったかもしれないが、なぜか飯田線ではこの匂いはしなかった
 記憶は薄いのだが三河田口、清崎間にあった鮎淵臨時駅は木で組んだだけの粗末なものだったと思う。鮎釣りの夏の時期だけ臨時停車していた
 小学生の時は田口線で田峯の歯医者に通っていたことも懐かしい
座右の銘  座右の銘という言葉はあまり好まないが、あえて言えば「伝統は革新の連続(京都の某有名老舗菓子店の言い伝え)」「人間(じんかん)万事塞翁が馬」
趣味 ・アマチュア無線 1971年電話級、1973年電信級、1976年第二級、1990年第一級アマチュア無線技士取得。中学生で電話級を取得し2年間JA2-7121でSwL開始、リグはバンドスプレッド付きの9R59、免許取得2年後の1973年、TR2200でJR2ASL開局。実装した水晶数個の周波数だけ使えたという恐ろしいトランシーバーだった。中学生のころ技術家庭科の先生がアマチュア無線家で、先生の影響で電話級を取得したのである
 その後平成5年7月20日郵政事務官2人による落成検査に合格し500wの免許状を受けた。電信での海外局交信が中心で、250ヵ国ほど交信した。電信(モールス)しかやらないのでキー(電鍵)しかなく、マイクはもっていない。したがって40年以上電話(もしもし)で交信したことはない。
 残念ながら、私が持つ今のトランシーバー(日本無線JRCのエキサイターJST135とリニアアンプJRL2000F)は令和4年11月30日をもって電波のスプリアス規制により使えなくなる。500wの出力は使えなくなるということでこれはかなり頭が痛い
お酒を呑むこと(ウィスキーを2〜3日で1本です。今のところ肝臓のγ-gtpという指標はなぜか正常な数値を保っています。だから安心して飲みすぎてしまうのです、いけません) 
読書(歴史の本、仕事の本、社会問題の本がほとんどで最近は小説をあまり読まなくなりました。学生時代は小説ばかりでしたが。。。。まあ、そうは言ってもそうたくさん読んでいるわけではありません) 
城跡めぐり(現存天守12以外のコンクリート仕立ての天守閣に価値は感じません。コンクリート製より静岡の高天神城や岐阜の岩村城、苗木城だけでなく、設楽町の寺脇城など堀切や土塁などしか残っていない砦のような城が大好きです)
・献灯(献灯とは靖国神社で7月に行われるみたままつりにぼんぼりを奉納することです。誰しも行きたくない大東亜戦争に無理やり招集され、最果ての地で祖国を思い散華していった英霊のおかげで、今の日本があることを忘れたくありません。)
プロ野球球場めぐり(出張ついでに立ち寄っています・12球団のうち11球団は制覇、残るは新しくなった広島球場のみ、いつか行かねばと思っています。なかなかこの方面の仕事がないので、いつになることか分かりません)
社会人野球観戦
 7月の都市対抗野球(東京ドーム)と10月の日本選手権(大阪ドーム)ともに月〜金の5日間観戦に行きます。土日は混むのでそれを外して参戦しています。それでも都市対抗と日本選手権とも交通費や宿泊費他でそれぞれ10万円ほどかかり、貧乏人には厳しい出費です。しかし年に2回の楽しみにはかえられません
 都市対抗、日本選手権の東海地区予選(愛知県岡崎市民球場にて開催)も勿論見に行きます。日本選手権の予選では応援はなくとても静かですが、都市対抗の予選ではおなじみの賑やかな応援があり楽しみが増えます
 3月の東海地区春季大会(岡崎市民球場)も毎年見に行きます。新入団や引退する選手もいて前年度と結構メンバーの入れ替わりがあります
 話は変わりますが、JABA(日本アマチュア野球連盟)会員になるととても有利です。東海地区春季大会、都市対抗東海地区予選、日本選手権東海地区予選は入場料1000円が500円、東京ドームの都市対抗は2400円が1200円へ、大阪ドームの日本選手権は2000円が1000円へと割引きがあります。春季大会とそれぞれの予選は最低でも10日以上、都市対抗本戦と日本選手権本戦は合わせて最低10日ほどは観戦しますから、年に1万円をはるかに超える割引が受けられます。JABAの年会費は2000円なのでとてもありがたいです。社会人野球ファンはJABA入会必須です
好きな飲み物食べ物 ・霞月(愛知の酒蔵関谷醸造の純米吟醸酒。安いが切れがありコストパフォーマンスが高い、とてもおいしいお酒です)
・空や吟、魔訶はとても美味しいのですが年末に販売される「大吟醸しぼりたて」(美の生酒)はかなりのお勧めです。私の押し一番のお酒で、お届けしたお客様からの評判はいいです
・シングルモルト余市10年(高いけど超おいしい、ピートが効いていて香りが抜群)。が、販売終了してしまいとても残念。しかしまっさんブームが落ち着けば再販されるだろうと期待しています。代わりに甲州というピートの効いたウィスキーを飲んでいましたが、高いので今はニッカのディープブレンドです。味わいは安っぽいですがピートが少し香るので、貧乏を暮らす私なら何とか我慢できます
・マナガツオの西京焼き
・十割の手打ち蕎麦
・テンジャンチゲ(魚介の辛味噌鍋)
・その他焼き魚や煮魚、アサリの酒蒸しなど魚介系
・自分で作る挽肉の控えめの餃子
・ヤマサちくわのおでん、言いにくいが他メーカーの味はかなり落ます
(要はお酒とあっさりしたものが大好きなんです。気持ちのあっさりした人も大好きです)
苦手な食べ物 ・肉の脂身、レバー、ゲテモノ部位
・しいたけ、その他えのきだけを除くキノコ類全て
・生のトマト(しかしホールトマトで作るトマトソースのスパゲッティは大好き)
・人参
・とんこつラーメン
・饅頭をはじめとする甘いもの、砂糖入りコーヒー、ジュース
(要は脂っこくてくどいものと甘いもの、ゲテモノが苦手なんです。くどい人もかなり苦手です)
気に入っているミュージシャン  私のトップスリーは 1The Band 2Lynyrd skynyrd 3Bob Marly ですが、LittlefeatやDoobieBrothers、eagles 安全バンドもそん色ありません。フリートウッドマック、トラベリンウィルバリーズもお気に入りです
性格 曲がったことが嫌いな頑固者。コミュニティに属して群れることも嫌い。仕事でお会いする頑張り屋にはついお手伝したくなるおせっかい野郎
お気に入りのお店 音鳴(愛知県設楽町:知人が経営するライブカフェ、小さなライブハウスも併設。木の温もりが心地よいお店、価格も良心的)
     
景色もいい

圓谷(名古屋市:設楽町の関谷醸造が経営する酒バー。古い蔵を改装したとてもお洒落なお店。お客様を連れて行くと皆喜んでいただける。関谷店長にはいつもお世話になっている。2020年9月には久屋大通に2件目の糀まるたにが開業した)
はせべ(愛知県岡崎市:支店もある岡崎では有名なうなぎ店。ふっくらした食感とやや甘辛めのタレが食欲をそそる。ようこさんと、としにいにはいつもお世話になります)
炎天家(愛知県設楽町・エドの先輩の息子さんご夫婦が経営するとてもおしゃれな焼肉店。店構え、メニュー、味、オペレーション、価格、どれをとっても申し分ない。このハイレベルのお店をコンサルティング会社のバックアップなしで、しかもこんな田舎で運営しているとは本当に驚き。美人の若奥さんはテキパキしていて気が利く。味はもちろんだが接客も良いのでついまた行きたくなる
素和可(東京高円寺で10年ほど営業していたが、2020年6月閉店し9月に店主の地元愛知県豊川市で新たに開店した。知人のイタリア在住彫刻家の弟さんが経営するラーメン屋。あっさりしながらとても味わい深いラーメンで何度食べても飽きない。東京出張の際は必ずお邪魔していた。何かのラーメン大会で優勝したとのこと。知人だからPRするわけではないが、本当においしいと思う。ただ、くどいラーメンが好きな方には少し物足りないかもしれない
中国料理ゆーゆー(大阪堂島・あっさりしてとてもおいしい回鍋肉と八宝菜、海老と豆腐のあっさり炒めだけでなく、あっさり味のラーメンも意外に美味しい、大きなパンダが目印)
喫茶かもん(愛知県豊橋市・学生時代から40年以上の付き合い、今でも時々昼食に伺うし豊橋に泊まりの際は必ず呑みに行く。実はマスターはフランス料理の凄腕料理人。ゴルフは練習しなくてもシングル。アユの友釣りもプロ級、寒狭川上流漁協の愛好家。歳はとったができるうちはお店を続けたいとのこと。勿論私はいつまでもお邪魔するつもり)
川宗(愛知県豊橋市:ふっくらした食感がいい。豊橋のうなぎ屋は間違いなくここがベスト。豊橋で鰻を食べたいならまずはここを勧めたい)


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