三河田口駅付近

三河田口清崎間運転休止後の三河田口駅
 
 昭和43年9月1日、廃止後田口線に変わるバスの運転が開始された。
このように田口線の歴史は自然との闘いでもあった
 
 台風の被害により40年9月18日以降、三河田口清崎間は運転を休止しバスに変わった
 三河田口駅のホームを軌道敷から望む
29年12月のショット、石垣一段分埋まってしまったが石垣の歪んだ部分もピッタリ
 
 三河田口駅のホームを軌道敷から望む 三河田口駅での黒柳氏と友人
開通当初
写真の真ん中に立つ方は田口鉄道設立に尽力した平松雅夫氏の子息である。分りにくいが自動車のバンパーに座るのは運転手。自動車は当時2台所有していたフォードのうちの一台で、戦時中に贅沢品として政府に没収されたそうだ
平成16年頃の三河田口駅舎
朽ち果ててきているが保育園児のころ毎月豊橋の病院へ通った当時を思い出す田口駅だ。おばあちゃんと一緒にホームで列車を待っていた。もう50年以上前のことで懐かしい。
三河田口駅、バス停には「名鉄バス」とある
廃止後の三河田口駅
三河田口駅すぐ先
現在のショット
田口駅奥の写真
森林鉄道の終点があり、ここから材木を田口線に載せた
写真中央及び右側に2本立っている柱は、架線用だった
三河田口−清崎間運転休止後、冬の三河田口駅、パブリカは黒柳氏の愛車



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